おおかみこどもの雨と雪

・DVD版を視聴。共に視聴した友人との会話もあり、どこまで自分一人で考えたことなのかは曖昧。
細田守作品がいくつあるのかちょっと知らないんだけど、観た中ではぼくらのウォーゲームが最も好きで、次に今作、そして時かけサマーウォーズと続く感じ。そこまで好きな作品ではない、と思う。何というか、きっと僕のために作られた作品ではない、という感触が一番強い。
・しかし家族向けかというとそれもまた。中高生の子供を連れた親向け、というのが作品から逆算した対象……本当に? 実際にはどのあたりの層に響いたんだろうか。
・以下細かい感想。好き嫌い以上の批判をする余地が僕には見えない、かな。田舎描写がキモいと言う人は言うのだろうけれどまあファンタジーとしての田舎幻想を楽しむ回路は普通に持ってるし、広い日本、べつに全ての田舎が田舎の陰湿さに塗れている訳でもあるまい。要は気にしない方が楽しめるし気にせずいられる領域なので個人的には触れない要素というだけのアレ。
・気になったのは雨と雪とが喧嘩するシーン。人として生きたい雪と狼として生きたい雨とが対立するあの場面で雪が狼の姿をとってしまったこと、そしてその事実を省みるシーンが挿入されなかったこと、が引っ掛かるといえばいえる。ただ、どちらの描写にせよ、その理由を内在的に説明したり、描かれなかったシーンでそのような(僕が観たいと/説明不足だと思った通りの)変化が生じたのだろうと納得するために必要な描写は本編中に充分に存在していたように思うので、結局は好みの問題に帰着するのかな、という気はする。
・たとえば。僕の好みだけで言えばあそこは飽くまでも人としての姿を保つ雪が雨にボロボロにされる場面になるのだろうけれど、あの喧嘩の終わりに雪が泣いていたことは、再度狼になってしまったこと―――雨にも伝えた彼女の決意、直近に覚えた露見の痛み、かつて交わした花との約束、への裏切り―――を悔いて/恥じてのものだと解される。そう考えた時、そのことを振り返るシーンを後に挿入する必要は(少なくとも説明の必要性という視点に於いては)ない。
・気になったシーンは他にもあるものの、どのシーンも上記したような感じで、下手に批判するとそのまま作品に殴り返されるような感触がある。必要なものは大体、作品の中で既に描かれている。
・下手に尖らせないことで掴む場所を作らない、という印象。つまり刺し殺してくれよ! さあ来いよ! オラッオラッ! という話なんだけど。ここまで隙のないものが作れるのか、という驚きが先に来る感じ。そして驚きの半分は残念に思う気持ちで出来ている。
・あとまあ、悪者を作らない作劇だよなーと。作中一番敵っぽかった夜泣きを黙らせろよと怒鳴りこんでくる住人にだって、寄り添う余地がない訳ではなかった(そんなこと言ってたら育児なんてできないし、と考えて控えるのがまあ普通の人間の倫理じゃないのかなーとは思うが、それでも彼が異常だとまでは言えない)。児童相談所の所員だって精一杯の仕事をしているし、保健所? の所員があそこで遺体を花に引き渡しなどする訳もない。描写の上では花に過酷な世界に見える。でもそれは神の視点から俯瞰した場合の世界観であり、実際には皆それぞれに生きているだけだ。特別な悪意が介在した訳ではない。
・また、劇的な展開を敢えて避けるような作劇でもあった。かわいそうな主人公が外圧に負けず育児に奮闘する話にもできたろうし、雪の秘密を子供が共有して子供の絆が云々という方向に持っていくこともまあできたろう。悲劇も英雄譚もいくらでも突っ込む余地のある展開だった。カタルシスを得るためのフックはもっと大量に配置できたはずだ。だからこそ、それをしなかった、というところに、とりあえずは目を向けたい。
・世界はそれなりに優しく、それなりに残酷だ。優しいものだとも残酷なものだとも一概に言えない、その曖昧さこそが酷薄なのだ、という世界観。排外的な田舎の風潮は内側に入り込めば暖かくもあり、子供の無邪気さは少し変わった子供をも問題なく仲間に入れてくれる一方で、繊細な葛藤に敢えて触れずに居てくれるような気遣いとは無縁だ。そういった描写の乾いた感じ、妙なリアルさに何を思うかが、評価をかなり左右するのではないだろうか……と、そんな気がする。
・あとアレ、いま観るとあまりにジブリ的なるもの―――またトトロが観たいと主張するおとーさんおかーさんが求めていたであろうもの、に満ちていて、タイミング的に駿の引退と関連付けてすげー適当なこと書きたくなってくるので本当によくない。田舎の家のトトロっぽさ、森林の中を往く時のもののけ姫っぽさを考えると、本作を観終わった後にアシタカのラストシーンの台詞とか呟きたくなってくるのも仕方ないことではあろう。
 
・追記。割と声優は気になってしまった、かなあ。
・声優でない人の起用そのものに関する制作側の話には一切興味がないので好みの話だけすると、そういうキャストはピンポイントで使ってこそ映えるのでは、という感じ。雪の朴訥とした感じ、草平のぶっきらぼうながらも優しい感じはそれぞれ非常に好きなんだけど、二人の会話シーンは何というかこう、ああ、他に上手な声優がいたからこそ彼らの演技は生きたんだな、という所感を覚えさせられる感じだった。最もよい場面で会話する二人だからこそ、どちらか一人は、と思わざるを得ない。